第120回 立ち上がれ10億人の女たち(クロアチア)




クロアチア、首都ザグレブ。2009年4月2日、夜8時。アメリカの劇作家イヴ・エンスラー本人が登場して『ヴァギナ・モノローグ』の幕が開いた。女性への性暴力根絶をめざす一人芝居だ。

ポスターに描かれているのはタンポポの綿毛ではない。ヴァギナ、女性器である。イヴ・エンスラーがクロアチアにやって来たのは、この国にラダ・ボリッチがいたからだ。このポスターを私が紹介できるのも、ラダ・ボリッチがクロアチアからポスターを持ってきてくれたからだ。

旧ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナをめぐって、1992年、国土と民心を破壊しつくす民族紛争が起きた。独立派のクロアチア人vs反独立派のセルビア人。このセルビアをNATOとアメリカが空爆する殺戮戦が続いた。

言語学者で女性運動家のラダは紛争の渦中、「戦争被害女性センター」を創設。民族や宗教の違いを超えて女たちの受け入れを決行した。そんなラダのもとにアメリカのイヴ・エンスラーから「何かできることはないか」との手紙が来た。

2人の交流は続き、90年代末、「女性への暴力が根絶される日まで運動を広めよう」と連帯の輪を築いた。それが、今に続く国際的運動V—Dayだ。VはヴァギナのV、ヴィクトリーのV。

クロアチアにやって来る前、イヴ・エンスラーは、コンゴのパンジ病院にいた。後にノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ医師で知られる、あの病院だ。東部コンゴに埋蔵されるレアメタルを略奪して資金源にする武装勢力。彼らは、女性を殺戮・強姦し、抵抗力を根こそぎ奪う。同医師は1999年以来、心身を破壊された何万人もの女性や少女たちを無料で治療してきた。同時に、国際社会に向かって叫んできた。「あなたのスマホは、女性の血で染まったレアメタルを使っているんですよ」。

コンゴでもクロアチアでも、加害者の処罰は難しい。被害者が声を上げないからだ。必要なのは、法廷に立って加害者を告発する女性だ。ラダ・ボリッチは、女性に力をつけようと、クロアチアを超えてアルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、キプロス、ギリシャ、マケドニア、モンテネグロ、ルーマニア、セルビア、スロベニアにV—Dayを広めた。

日本にも、NPO法人「青い空」の浜千加子さんがいる。V—Dayの歌は『立ち上がる10億人』。世界の人口70億人のうちの約10億人が暴力にあっている。痛みを力に女たちは歌って踊る。浜さんは録画をYoutubeで流す。世界中の女たちが立ち上がる日を願って。

(2023年7月10日号)


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