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10月, 2021の投稿を表示しています

第98回 平等と多様性社会は選挙から(ノルウェー)

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  日本に住むウィシュマ・サンダマリは、2021年3月、名古屋出入国管理局の収容施設で人生を終えた。体に異変を感じ、診察や点滴を要求したのに無視された。屈辱の死だった。 ノルウェーに住むカムジ・グーナラトナムは、2021年3月、オスロ労働党の国会議員候補リストの2番に登載された。選挙は9月。当選は確実だ。 この2人の女性はともに 33 歳で、スリランカ生まれのスリランカ人だ。にもかかわらず、その境遇は天と地ほどに分かれた。 ウィシュマは、故国スリランカで英語教員資格を取った。日本で英語教師になることを夢見て来日。だが、同居していたスリランカ男性から暴力を受け、貯金まで巻き上げられて日本語学校の授業料が払えなくなって退学。在留資格を失い、不法滞在状態となった。 彼女は男性の暴力から逃れようと警察に駆け込んだ。ところが警察は、彼女をDV男から守るどころか、逮捕して名古屋の入管施設にぶち込んだ。死亡したのは、その半年余り後のことだった。 一方のカムジは3歳の時、内戦から逃れる両親ととともにノルウェーに移住。恥ずかしがり屋の小さな女の子だった。小学校では、白人の男の子から雪玉を投げつけられ、じっとこらえた。いじめは冬の数カ月間続いた。 高校生になって労働党青年部に入った彼女は、党幹部から誘われてオスロ県会選挙で初当選した。その後3選をはたし、 27 歳で首都オスロの副知事に就いた。この時わたしは彼女を取材した(旬報社『さよなら!一強政治』)。   今日のポスターは、おきまりの格好をした男性群を、多様な姿の人々が見つめている。若者、 レズビアンらしき女性、アジア系移民、車いすの人。ノルウェー語は「地方議会は住んでいる人たちを反映したものでなければなりません。女性にクロス(×印。ノルウェーは比例代表制選挙で、政党の決めた候補者リストの順番を有権者が×印を付けて変えられる)をつけよう。多様性のために投票しよう」。 市民団体の作品のようだが、作ったのは、「平等と反差別オンブッド」(前の男女平等オンブッド)である。「平等と反差別オンブッド」は、女性、難民、移民、同性愛者、障がい者などへの差別の撲滅をめざす公的機関。議会にそういう人たちの代表を増やそうと大キャンペーンをはった。2007年の統一選挙の時だ。 この時、オンブッドの呼びかけに応えた労働党が、女性で、若くて、肌の色の異なってい

第97回  この力こぶが目にはいらぬか!(ノルウェー)

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  力こぶを誇示する、カーリーヘアにツナギの少女。 スプレーで吹きつけたグラフィティは、「高い賃金を」「やりがいのある仕事を」「安全な職場を」「選べる仕事を」…さらに下段で、「男の仕事とされていた理数系、石油産業、コンピューター関係の仕事に入っていこうぜ」 ノルウェーの女性首相が閣僚の 40 %を女性にして世界を驚かせたのは1986年5月のことだった。その数年後、私はオスロの男女平等オンブッド事務所を訪問。そこで遭遇したのが、このポスターだった。男女平等オンブッドは言った。 「これは女子高生向けのプロジェクト『限界を突き破れ!』で作られました。結果は、大学の法学部や医学部の学生の 50 %が女性になりましたが、まだまだです。中学教育を変えないといけませんね」 当時、私は都立高の教員を辞めたばかり。日本の女子高生は、髪型や服装が厳しく決められていた。名簿は男が先で女が後だった。女子の進学先は4年生大学よりも短大が好まれ、就職先も事務職に限られていた。こんな「限界だらけ」の日本社会にうんざりしていた私は、国を挙げて男女平等を進めるノルウェーに感動した。 つい最近も『限界を突き破れ!』精神とおぼしき出来事があった。ビーチ・ハンドボールのヨーロッパ選手権大会でのこと。ノルウェー女子チームは、「女性用ユニフォームは不快です」とクレームをつけた。 規則はこうだ。「トップスは、胴部分をあらわにして、背中側の袖ぐりを中心に切り込んでいなければならない」「ボトムスは、脚の付け根に切り込んだ形のビキニ・パンティにし、側面の生地の幅は 10 センチを超えてはならない」 つまり、「女性は露出せよ」なのだ。ノルウェーチームは、男性と同じ短パンで出場すると申し出たが、主催側は「罰金(総額5万ユーロ、日本円で約650万円)を科す」と返答。ノルウェー側は「喜んで払う」と応じた。 ところが、初戦のハンガリー戦直前「失格」をほのめかされて、泣く泣くビキニ・パンティで戦った。しかし次のスペイン戦では短パンで出場。罰金を食らった。 これにノルウェーの文化・平等大臣(男女平等の責任者)アビド・ラジャが怒った。7月 21 日、彼はツイートした。「こっけい極まる! この古臭い親父クラブを変えるのにどれだけクソ努力をしなければならないのか! 平等の大切さを何もわかってない。最悪だ」 その文化・平等大臣が8月上旬、

第96回  コペルニクスは女だった?(ポーランド)

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ポーランドの首都はワルシャワだが、 16 世紀まではクラクフが首都だった。この古都はユネスコの世界遺産第1号である。 2019年3月のこと、クラクフ市役所前の美しい広場に、『クラクフは女性だ』と題された巨大なポスター5枚が掲げられていた。 女性の権利のために闘ったクラクフの歴史上の女性たちが、写真入りで解説されていた。ところが最終の5枚目には、世界の偉人中の偉人コペルニクスがこちらに向かってウィンクしているではないか(ポスター左下の円形写真)。 エーッ、なんだこれは! と驚いて解説を読むと、こう書いてあった。 「SF映画『セックスミッション』によれば、コペルニクスは女性だったとされています。コペルニクスは地動説を唱えた天文学者ですが、『彼女』はここクラクフを故郷とし、クラクフ大学で学びました」 私はクラクフ市役所に直行した。担当職員ユスティナが現れた。 「あなたのような反応があると、とてもうれしいです。女性の問題は、このように奇抜なアイデアをこらさないと、歴史に埋もれてしまいます。『クラクフは女性だ』のポスターは、昨年、女性参政権獲得100周年を迎えた我が国を祝って、市長が音頭取りしました。企画したのは私たち2人、市長付職員です。故郷の英雄コペルニクスは、目をとめていただくために考えつきました。彼、いや『彼女』(大笑い)の写真はトリンの大聖堂にある画像を、特別な許可を得て左目がウィンクしているように加工したのです」 ポスターのサイズは大きくて、コペルニクスが通行人に挨拶するかのようにできている。世界中からクラクフにやってくる観光客も、当然足をとめる。 聞けば、SF映画『セックスミッション』 ( 1984 ) は、共産主義時代のポーランドを風刺したコメディで、上映 1 年間で観客数が100万人を突破。数年後に公開されたロシアでは4000万人が見たという。伝説的な映画なのだ。 男2人が目覚めたら、そこは女ばかりの帝国。男性は絶滅したはずなのだが、2人は何かの拍子で生き延びてしまった。査問にかけられて「コペルニクスは男ではないのか」と叫ぶと、帝国の幹部女性が「それは間違いです。コペルニクスは女です」と断じ、彼等を断罪する。 「共産主義こそ真の革新。労働者に繁栄と解放をもたらす」と、共産主義政権は国民に断じて、異論を許さなかった。ポーランドの人々は、映画に同じような嘘と教条

第95回  男たちよ、育児もあなたの仕事だ(オランダ)

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「この胸毛の男のポスター、気持ち悪いのよ、ワーッハハハ。どう思う、あなた?」 「オランダ女性の利益」のリーダ・ナロップさんは、縦170㌢以上、横100㌢以上のド迫力ポスターを広げながら笑い転げた。 パパの育児を促すキャンペーン用で、ユトレヒト市男女平等局から資金が出た。ユトレヒト駅の広告塔にあわせると、こんな大きさになるのだという。 「オランダ女性の利益」は100年以上の歴史を持つ民間女性運動団体だ。オフィスは、ユトレヒト駅から徒歩 15 分のところにあった。訪問したのは4半世紀前の1994年。 北欧ノルウェーでは、政府を批判する市民団体にも公費補助されると知って驚いたが、オランダも同じだった。「オランダ女性の利益」には自治省から日本円で年約900万円が出ていた。『女性議員を 35 %に』と描いたゼッケンをつけた女性たちが大勢ワーッと電車に乗り込むゲリラ選挙戦も話題を呼んだ。 それで、オランダ男性の育児休業取得は進んだのか。 実は最新調査では、オランダ男性のわずか 11 %しか育休を取っていない。7%の日本男性よりはずっとマシだが、ノルウェーの 90 %とは雲泥の差。国際調査で「子どもの幸福度世界一」のオランダなのに育休のこの低さ! なぜか?  カギは、一般的に労働時間が短いことのほか、労働者に「正規」対「非正規」の格差がない点にありそうだ。 オランダの平均労働時間は週 38 時間。残業も非常に少なく、毎日子どもと夕食をとれる家庭がほとんどだ。労働時間差別禁⽌法 (1996)が、 パートタイムとフルタイムの待遇格差を厳しく禁じており、有給休暇は週の労働日数の4倍と規定されている。週5日なら 20 日、4日なら 16 日、3日なら 12 日 … となる。 問題の育休も、有休と同じ原理だ。こちらは週の労働日数の 26 倍と定められていて、週5日だろうが3日だろうが、それぞれの労働時間に比例して育休が取れる。 あまり父親が取らないのは、この厚い労働条件のおかげで日ごろから家庭で過ごせる時間が多いことと、母親の負担がそれほど重くない、ということのようだ。 労働時間差別禁止法のない日本の非正規労働者は、正規労働者が持つ権利を持っていない。同じ職場で同じ仕事をしていても、正規なら育休を1年取れるのに、非正規は「雇用を更新されないと困るので、妊娠は避けています」となる。 今、国会

第94回  「性解放」の文化に痛列な一撃!(フランス)

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  この4月、フランス国会で、 15 歳未満との性交は理由の如何を問わず「強姦」とされる刑法改正法が成立した。刑罰は最高 20 年の禁錮刑だ。近親姦に関しては「 18 歳未満」とされた。しかし例外もあって、2人の歳の差が5歳以下の場合のみ刑から外される。これは「ロメオとジュリエット条項」というのだそうだ。 フランス刑法は、子どもとの性交を禁じてきた。しかし、「子どもも意思表示できる」とされ、強制・脅迫・偽計によって性交させられたことを子どもの側が証明しなければならず、起訴が非常に難しかった。 国会は、性交同意年齢引き上げを長年議論してきたが、結論は出なかった。それがなぜ、先月、全会一致に至ったのか。 フランスには、女性の「産む産まないを決める権利」を求めて 60 年以上も闘ってきた団体があり、その「フランス家族計画運動」のポスターがこれだ。 「世界中の女たちすべてに、教育と健康、なによりも危険のない出産を」とうたう。全国に 40 のクリニックを持ち、相談者は年 35 万人以上。強姦やFGM(性器切除)などによるトラウマから、避妊や妊娠中絶の手続きまで、性に関わるありとあらゆる問題が持ち込まれる。 移民女性には特に頼られ、ポスターの3人がアフリカ系なのも、それを物語っている。 加えて、今回の改正を確実にしたのは、エリート文化人たちの蛮行が次々に露呈したことだった。 昨年 1 月、編集者ヴァネッサ・スプリンゴラは『同意』という自伝本を出し、 14 歳の時、 50 歳の男性から 1 年半にわたって性被害を受けたことを告白した。男性は流行作家ガブリエル・マツーネフ。彼女との関係を利用した著作は高く評価された。芸術文化勲章(1995)、文学賞(2013)をとり、年8000ユーロの文学者手当まで受けている。 さらに今年 1 月、大学教授で弁護士のカミーユ・クシュネルが自伝『大家族』で、義父(実母の再婚相手)が 13 歳だった彼女の弟に性的虐待を加えていたことを暴露した。義父はオリビエ・デュアメルという元欧州議会議員の憲法学者。マスコミに頻繁に登場する左派知識人だ。 これらの告白本をきっかけに、市民の怒りが大爆発。女性団体は、パリ中の壁という壁に、性被害女性の名前をポスターにして貼りまくるゲリラ戦術を展開した。 カソリックに根ざした性的抑圧からの解放が叫ばれた 60 年~ 70