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第127回 男女平等教育こそ平等社会への道(フィンランド)

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フィンランド女性は1906年に参政権を獲得した。ヨーロッパでは最も早かった。 かれこれ30年ほど前、私はヘルシンキにある「フィンランド女性会議」(1911年創設)を訪問した。同会議幹部たちから「女性参政権を世界で最も早く獲得したのはニュージーランドと言われていますが、原住民のマオリ族には参政権を与えませんでした。ですから、我が国こそが世界初なのです」と聞かされた。 さらに、こうも言った。 「フィンランド女性は、男性と同じ年に参政権を獲得したので、世界で最もジェンダー・ギャップ(性差)の小さい国ともいえます」 日本女性の選挙権獲得は1945年。つまり、女性たちは、男性が選挙権を得てから20年もの長きにわたって待たされた。日本に限らず多くの国がそうだった。 ■ この訪問から10余年後。 2006年、フィンランドは女性参政権獲得100周年を大々的に祝った。男女平等社会を求めて闘ってきた女性の歴史を、あらゆる分野から顕彰する官民あげての一大イベントだった。その時の記念すべきグッズのひとつが、今日のポスターである。一翼を担った「フィンランド女性会議」から私に寄贈された。 勉学する女の子の真剣な表情。使っているのは黒板とチョークだ。タブレットを使う現代っ子にはとても信じられないだろう。 ■ フィンランドの教育はかねてから世界中で注目されてきた。そのもとになったのは、OECDの世界の子どもの学力を測る「国際学力調査PISA」だった。PISAは、15歳の読解力、数学、科学3分野をみるテストだが、フィンランドは20年前に世界一を獲得し、その後もヨーロッパ諸国の中で上位を維持している唯一の国だ。 ところが昨年暮に公表されたPISA2022で、フィンランドは激しく落ち込んでしまった。読解力14位、数学20位、科学9位!フィンランド・メディアは「フィンランド政界 PISAの大失敗で大騒ぎ」「PISA崩壊にヘンリクソン教育大臣『流れを逆転させねば』と語る」と報じた。とはいえ、こんな表現もある。 「フィンランドは、数学において女子の成績が男子よりも優れた唯一の国」 「科学では女子522点、男子500点。 女子が男子より22ポイントも上回ったのはフィンランドのみ」 差別・選別のない多様性社会こそ未来のあるべき姿だ。PISAで順位が少しばかり下がったとはいえ、フィンラン

第126回 移民難民を受けとめる バイキングの末裔たち(ノルウェー)

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  2023年9月18日夜7時半、ノルウェーに移住してきた大人たちにノルウェー語を教えるローセンホフ成人学校を訪ねた。分校も含めると教職員約180人、生徒約2000人。「世界最大のノルウェー語研修センター」だ。100年以上も昔にオスロの小学校として建てられ、ナチスドイツ占領時代は、親衛隊の本部・兵舎に使われた。   210番教室に入ると男女14人が座っていた。担任のビヤーネ先生が小声で言った。「出身はアジア、アフリカ、中東など全世界です。個人情報は、母国の当局と生徒とに悪影響を与える場合もあるので聞かないでほしい」 でも、自ら語るのはかまわない。「元ポルトガル領ギニアビサウから来た」という男性がいた。職場から直行したらしく、黄色い土木作業着だ。「IT会社勤務の夫と、オスロ湾を見渡せるマンションに住んでいる」というインド人女性もいた。 先生はパソコン2台に超大型ディスプレイ、白板を使いながら、ノルウェー語でゆっくり話す。テーマは、朝。「何時に起きましたか」「朝食は何時でしたか」「誰と食べましたか」と質問し、生徒が答えていく。 「妻と食べました」と言った男性に、「パートナーは同性のこともありますね。ノルウェーでは普通のことですよ」と先生。なるほど、こんなふうにノルウェー社会に慣れさせるのだ。 いまやノルウェー人口の16%を移民が占める。2021年、国は211の自治体に対して5,025人の難民が定住できるよう要請した。 移民難民を守るのは「統合法」だ。法の目的は、言語習得とその教材内容の双方から、移民がノルウェーで永続的な職業生活を送れるようにすること。 年 22万3000 クローネ(310万1220円)の授業料給付金制度もある。25歳未満の生徒は、親と同居していない場合3分の2、同居中なら3分の1。給付金は課税対象だ。理由なく授業を休むと減額。ただし病欠や育休は認められる。 こうして、3年間ノルウェーに住めば、外国人にも地方議会への選挙権が与えられる。   今日のポスターは4年前、地方選を取材に行った時、オスロの駅で見た。 「男性」、「女性」、「白人」、「黒人」ごちゃ混ぜの現代ノルウェー人が叫ぶ、「あなたの選択を他人にまかせるな」「あなたの投票の権利を使え」 2023年秋、選挙を終えたオスロ市議会は、2児を抱えたシングルマザーのスリランカ移民、ゲイ

第125回 男はみんなこうしたもの(ドイツ)

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これは、ドキュメンタリー映画 * 『不屈の女たち』(2021)のポスターだ。古めかしい演壇に真っ赤なバッグ。ドイツを象徴する鷲は、なぜか右を向いて笑っている。 ジャーナリストのトルステン・ケルナー(1965〜)が、ドイツ連邦議会に挑んだ女たちの闘いを映像で描いた。 はじめに、ドボルザークの『新世界』が流れる。指揮は“マッチョ”のカラヤンだ。男だらけの楽団、内閣、国会、マスコミ…黒ずくめの「旧世界」を皮肉ったのだろう。 ケルナー監督は映画について「誰もが恥ずかしいと思って見てほしい。むろん僕は男ですから人一倍恥ずかしい」とメディアに語る。実際、恥ずべき性差別のオンパレードだ。 ■ 初の女性閣僚に「この中では貴女も男性です」とのたまう首相アデナウワー。キリスト教民主同盟CDU大会で演説する女性連合代表を不快そうににらむ党首エアハルト。議場で社会民主党SPD女性議員の背中を触って「ノーブラか否か調べた」とほざく男性議員。家庭内強姦に刑罰を求めた女性議員に「誰も君とは寝ないよ」などと野次の嵐。セクハラを取り上げた女性議員に「政治問題にせず人間的解決が妥当では」と諭す男性ジャーナリスト。青年部長に就任した女性議員を紹介する男性議員に「あなたたち“交渉”したの」とニヤける首相ブラント。議会の役員6人全て女性となった緑の党を「女たちは男たちを情け容赦なく追い出した」と報じる男性ジャーナリスト。極めつけは、2005年のテレビ討論で首相シュレーダーがメルケルに吐いたセリフだ。「本当? 貴女の下で連立を組むという提案に我が党が応じるとでも? しかも貴女が首相に? 節度を守らねば」 あぁ、1990年前後の東京都議会も男の牙城だった。新参議員だった私への男性議員らのセクハラの数々が、昨日の事のように蘇ってきた。 ■ それにしても、ドイツ女性議員の芯の強さよ。70年代に「次の選挙では女性議員を2倍以上にする」と豪語したSPDの女性。「ミサイルは不要。必要なのは新しい男」と言い放った緑の党の女性。「軍拡反対は男性より強力です。(女性を)美化はしませんが、女性には日常の生活がより身近なのです」と超党派女性議員の軍拡反対を代弁した、これも緑の党の女性。「政治はとても大切で、男だけに任せておけない」はSPDの女性の名言だ。 映画の最後は、新進気鋭の女性指揮者、ミルガ・グラジニーテ

第124回 性的搾取を許さない町へ(スペイン)

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この9月、私はノルウェーで地方選挙を現地取材していたのだが、思いがけなく、親友が「航空券をプレゼントするから数日間アリカンテに遊びに行こう」と誘ってくれた。オスロから直行便で3時間半。生まれて初めてのスペインだった。 スペイン・バレンシア州アリカンテ県アルテア。コスタ・ビアンカ(白い浜辺)がどこまでも広がる地中海沿いの町だった。「ノルウェーの1年の半分は白黒の世界でしょ。そこからカラーの別天地にやってくると、わくわくするのよ」と友人は言った。 ■ 滞在3日目だった。バスの窓からチラリと見えたポスターが気になった。町の明るさとは真逆な悲しさ漂う眼が、こちらを見ていた。 その夜、「あれは、女性が泣いている写真のような気がする。女性への暴力防止ポスターではないかしら。明日、また行ってみたい」と友人に話し、翌日、連れて行ってもらった。 ポスターはアルテア市警察署そばの掲示板に貼られていた。市の男女平等部がつくったもので、3つのことを知らせていた。 ①9月23日は、女性・子どもたちへの性的搾取と人身売買に反対する国際デーである。 ②9月19日11時30分、「アルテア・ラジオ」は人身売買反対の番組を放送する。 ③11月15日9時30分から14時までアルテア市庁舎で円卓会議を開く。会議にはアメリア・ティガヌス( Amelia Tiganus )が参加する。 ■ アメリアは『売春婦の反乱—被害者から活動家へ』(2021)の著者。世界に知れた買春処罰を求める女性解放運動家だ。1984年ルーマニアのガラチに生まれた。子どもの頃、性暴力の被害にあい、家では虐待され続けた。医師か教師を夢見ていた少女は、精神を病み不登校に。17歳でスペインのアリカンテに連れてこられて5年間売春を強要され、その後、悪の巣窟(彼女は「強制収容所」と呼ぶ)から脱出した。 彼女は、性的搾取をセックスワーク、性的搾取被害者をセックスワーカーなどと矮小化して、買春を容認する現象に徹底して異議を唱える。 「性的に搾取されている女性が世界に一人でもいる限り、男女平等や社会正義、あるいは良い社会について語ることは空しい」「私の個人的な歴史は政治問題なのだから、政治の関与を強く求める」と語る。 アルテア市議会は、今年末、買春処罰条例案を制定する予定だとか。 (2023年11月10日)

第123回 「死に票なしの社会」とは(ノルウェー)

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民主主義度世界一といわれるノルウェー。その地方選を取材するため、今オスロにいる。 1カ月間の長い事前投票を経て、9月11日(月)が投票日。政党の選挙ポスターがあちこちにあったのだが、翌12日にはウソのようになくなった。以前と違って電子掲示板なので、ボタン操作ひとつで消されてしまう。 ■ このポスターは、社会民主主議を標榜する労働党のもので、「若者たちに毎夏6000のアルバイトを約束します」とうたう。若い男女5人に囲まれた男性はレイモンド・ヨハンセン。2期8年間、オスロ市政を主導してきた。日本で言えば都知事にあたる。 ところが、である。オスロの労働党は連立を組むはずの左派中道系政党と合わせても過半数に達せず、自民党にあたる保守党に主導権を奪われた。 ■ ヨハンセンは、高卒後、老人ホームの介護職をし、後は配管工をしながら政治活動をしてきた。大企業優先の傾向に逆らう彼の人気は高く、世論調査では誰よりも高得票だったのに、彼の党は負けた。理由は、ノルウェーの比例代表制選挙にある。市民が選ぶのは候補者個人ではなく政党だからだ。日本と違って個人の人気投票ではない。 だから政党は、いかに自党の政策が他党と違うかを端的に伝える。テレビ番組は、地方自治選挙であろうと、国会議員である党首の丁々発止を報道する。物価高騰、住宅難などが、労働党中心の現政権に不利に響いた。閣僚の不祥事による辞任、閣僚の夫の株の不明朗売買などスキャンダルも痛かった。 ■ オスロ市は投票率64・2%。各党の獲得票と議席は次の通りだ。ほぼ死に票がない。保守党32・6%(20)、労働党18・4%(11)、緑の党10・2%(6)、左派社会党10・1%(6)、自由党9・1%(6)、進歩党6・1%(4)、赤党5・8%(4)、キリスト教民主党1・7%(1)、新党1・2%(1)。 今回、オスロ市議に初当選したなかには、84歳のグロ・H・ブルントラント元首相(労働党)がいる。首相経験者の市議は初めてではないか。スリランカ移民で福祉職の30代の女性スラクサナ・シバパタン(左派社会党)も初当選した。 西海岸のハラム市では、17歳の女子高生ジェニー・アルベスタ・オーネス(左派社会党)が初当選。最年少議員となった。立候補の弁は「社会の格差をなくすこと。出自も貧富も関係ない平等な社会を目指す」。ベルゲン市では、当選には

第122回 「ウィシュマ事件」とミラ・センター(ノルウェー)

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「姉のウィシュマは、治療を受けていたら、35歳になって今も生きています。救急車を呼ぶこともしなかった卑劣な入管行政。その恐ろしさは言葉では言い尽くせません」 8月7日、参議院議員会館101号室。33歳で亡くなったスリランカ人・ウィシュマ・サンダマリの妹ワヨミは、怒りを込めた言葉でそう訴えた。もう1人の妹ポールニマも言った。 「こんなむごい人権侵害を国家機関が実行したことに、日本のみなさんは目をつぶっているのですか」 ■ ウィシュマは、日本語学校の学生だったが、学費を払えず退学となって学生ビザが切れた。ある日、同居していたパートナーの暴力に耐えかねて警察に駆けこんだ。暴力におののき、(授業料の)お金も取られ、中絶もさせられた。 ところが警察は、DV防止法にのっとって彼女をDVシェルターに連絡するどころか、名古屋入管へ送った。監禁されて体調を崩した彼女は、点滴や入院を要望したが応じてもらえず、非業の死を遂げた。 「ウィシュマ事件」は、2019年9月、オスロで訪問したミラ・センターを思い出させた。その壁に貼ってあったポスターが今日の1枚だ。 同センターは、ノルウェーの移民難民女性からありとあらゆる相談を受け、彼女たちが自立できるようにサポートする。パキスタンからの移民ファークラ・サリミが、30年前、マイノリティ女性への偏見打破と人権擁護を求めて設立した。現在、フルタイムの有給職員7人が月〜金の9時から16時まで働く。弁護士や学者研究者等がボランティアで周辺を固める。ここへの問い合わせは、年2万件を超す。 ポスターには、「内なる痛み—虐待に国の違いはない」とある。DV被害の女性たちが、お互いに励ましあい、力をつけて自立への道を歩む。それをセンターは見守る。ファークラは、さらにこう続けた。 「私がノルウェーに来た70年代、外国人は投票も立候補もできませんでした。外国人参政権は、私たち移民の運動が闘い取ったのです。センターの重要な役割は、マイノリティの女性たちが、参政権を使いこなして政治力を身につけることなのです」 ■ ノルウェーの法律には、3年以上住んでいて永住権を持つ外国人には地方参政権がある、とある。この改正は1983年のことだった。 今では全政党の代表をミラ・センターに招待して、政策討論会を催す。ほぼ全ての政党党首がこの一室にやってくる。こんな

第121回 男性ホルモンに毒された屁理屈で戦争は始まる(アメリカ)

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1945年8月6日広島原爆、8月9日長崎原爆、8月15日終戦。8月、私たちは憲法9条を手に反戦を誓う。 アメリカの反戦運動団体「コード・ピンク」は、なかなかのやり手だ。彼女たちがつくったポスターの 「戦争やめよう、楽しいことしよう」というスローガンは、 1 960 年代の「Make love Not war」を ひねったものだろう 。 「コード・ピンク」という名も、ひねりが効いている。2001年の9・11同時多発テロ後、ブッシュ政権はアフガニスタン・イラク戦争に突入。国土安全保障局は、コードネームを定めてテロ対策に備えた。火災発生はコード・レッド、心拍停止はコード・ブルー、子どもの誘拐はコード・ピンク…。女たちは「子ども=女=ピンク」という性による色の決めつけにのけぞった。2002年、彼女たちは、「米軍侵攻は人への思いやりに対する最高レベルの危機である。思いやりには女も男もない」と宣言。危機対策の新組織をつくって、「コード・ピンク」と命名した。 女性主導の反戦運動の意義はこうだ。 「私たちは、男より女が優れているとか、純粋だとか、生まれつき養育力がある、などというつもりは毛頭ない。ただ、男たちは戦争にかまけ過ぎ。命を守ってきたのは女たちだったのだ」 コード・ピンクの最初の抗議は、ホワイトハウス前のハンストだった。「戦争は男性ホルモンに毒された屁理屈で始まる」「戦争は女性問題。戦争は女たちを家の中に子どもと置き去りにするだけ」と訴え、逮捕や収監をものともせず40日も続けた。 ■ 2003年のイラク空爆直前には、代表団5人をイラクに派遣。代表にはイラクで息子を亡くした母親、現役兵士の母親を入れた。 また、イラク人女性6人を米国に連れてきて、米軍進攻が、イラク女性にどんな影響を与えたかをアメリカ国民に知らしめた。2004年、ファルージャで、米軍が数千人の民間人を殺害したことを明らかにし、ファルージャ難民に60万ドル相当の支援金を贈った。 2009年には「Ground the Drones(ドローンを飛ばすな)」というキャンペーンをしかけた。オバマ政権はドローン攻撃の標的はテロの首謀者や拠点だと言ったが、多くの民間人が殺されていると、抗議を止めなかった。 2023年2月18日土曜日、ワシントンD.C.のレストランを急襲。食事中のバイデン大統領に向かって「お

第120回 立ち上がれ10億人の女たち(クロアチア)

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クロアチア、首都ザグレブ。2009年4月2日、夜8時。アメリカの劇作家イヴ・エンスラー本人が登場して『ヴァギナ・モノローグ』の幕が開いた。女性への性暴力根絶をめざす一人芝居だ。 ポスターに描かれているのはタンポポの綿毛ではない。ヴァギナ、女性器である。イヴ・エンスラーがクロアチアにやって来たのは、この国にラダ・ボリッチがいたからだ。このポスターを私が紹介できるのも、ラダ・ボリッチがクロアチアからポスターを持ってきてくれたからだ。 ■ 旧ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナをめぐって、1992年、国土と民心を破壊しつくす民族紛争が起きた。独立派のクロアチア人vs反独立派のセルビア人。このセルビアをNATOとアメリカが空爆する殺戮戦が続いた。 言語学者で女性運動家のラダは紛争の渦中、「戦争被害女性センター」を創設。民族や宗教の違いを超えて女たちの受け入れを決行した。そんなラダのもとにアメリカのイヴ・エンスラーから「何かできることはないか」との手紙が来た。 2人の交流は続き、90年代末、「女性への暴力が根絶される日まで運動を広めよう」と連帯の輪を築いた。それが、今に続く国際的運動V—Dayだ。VはヴァギナのV、ヴィクトリーのV。 ■ クロアチアにやって来る前、イヴ・エンスラーは、コンゴのパンジ病院にいた。後にノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ医師で知られる、あの病院だ。東部コンゴに埋蔵されるレアメタルを略奪して資金源にする武装勢力。彼らは、女性を殺戮・強姦し、抵抗力を根こそぎ奪う。同医師は1999年以来、心身を破壊された何万人もの女性や少女たちを無料で治療してきた。同時に、国際社会に向かって叫んできた。「あなたのスマホは、女性の血で染まったレアメタルを使っているんですよ」。 コンゴでもクロアチアでも、加害者の処罰は難しい。被害者が声を上げないからだ。必要なのは、法廷に立って加害者を告発する女性だ。ラダ・ボリッチは、女性に力をつけようと、クロアチアを超えてアルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、キプロス、ギリシャ、マケドニア、モンテネグロ、ルーマニア、セルビア、スロベニアにV—Dayを広めた。 日本にも、NPO法人「青い空」の浜千加子さんがいる。V—Dayの歌は『立ち上がる10億人』。世界の人口70億人のうちの約10億人が暴力

第119回 夏だ、女のキャンプだ、フェム島だ(デンマーク)

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6月は、日本人には鬱陶しい梅雨だが、北欧人には、1年で最も美しい心弾む季節だ。 このポスターは、6月から8月にかけてフェム島で開かれる女性たちのキャンプ参加を呼びかけている。デンマーク語で書かれているのは「新しい女性キャンプ」。40年前の1983年のものだ。 フェム島は、コペンハーゲンから電車で2時間ほどのローラン島の、さらに北方の海に浮かぶ総面積11・38㎢の小島だ。ローラン島からフェリーで1時間。光り輝く海、一面の花畑が広がる。 始まったのは、女性解放運動真っ盛りの1971年。今も毎夏、学生から年金生活者まで大勢が集まる。申し込みは3月8日の女性デーからだ。 この女性だけのキャンプを始めたのは、右下に書かれている、 Kvindehuset (クヴィンネフーセ、女性の家)に集うレッド・ストッキングズの女たちだ。女性の家は、コペンハーゲン中心部にあるビル。ここは70年代、女性たちが占拠した建物のひとつで、現在に至るまで、ダンス、音楽会、体操、映画会、講演会などに利用されている。人気のレズビアン・バーもある。 キャンプの2カ月間、女性と子どもたち(男子は12歳以下)は、電気もガスもなくて、トイレはバケツという離島で、何をするのか。 まずはテントを張る作業週間から始まる。台所用テント、バー用テント、子ども用テント、トイレ用テント、寝室用テント(4つか5つ)。何から何まで女手で行なう。 子ども週間、スポーツ週間、体と心の週間、国際週間、創作週間、ディベート週間、全員参加週間…等々。各週間にはテーマがあって、1977年の場合、「農業」「女性と暴力」「母性神話」「労働市場と女性」「演劇と音楽」「女性のフォークハイスクール」「レズビアンであること」だった。 最終の週は、ゴミを集めて後片付けをして、テントをたたんで、名残を惜しむ。 最も重要なのは女たちの連帯と解放。男性主導社会で息苦しさを感じた女性たちが、女だけの世界で、自然と一体となって過ごす。DVや失恋で心身がどん底の女性たちも、ここに癒しを求める。 キャンプの案内広告は、かつてはポスターだったが、いまはインターネットだけ。この貴重なポスターは「日本の女性たちに役立てるのなら」と、20年ほど前、オーフス女性博物館を訪れた時、館長から寄贈された。 (2023年6月10日号)

第118回 マウンティングはもううんざりだ(ノルウェー)

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このポスターは、退屈な記念写真ではない。右のノルウェー語がふるっている。 「ヴィーケン・エネルギーの取締役たちです。残念ながら、やらせではありません。ま、ガンバッテネ、男性諸君!」  ヴィーケン・エネルギーは、配電網や地域暖房事業の大企業だが、取締役の全員が男性だった。そこで、笑いものに使われてしまったのだ。 作ったのは、政府の男女平等法推進機関である男女平等センター。1990年代末から2000年初めのことだ。当時、ノルウェーでは「閣僚の4割以上が女性」は当たり前。そこに現れたのが、この「男だらけの取締役シリーズ」のポスターだった。 ポスター右下にある「女性人材データベース」は、男女平等センターが仕掛けた新プロジェクトだ。リンク先をクリックすると、女性たちの履歴、専門分野、連絡先が出てくる。人材を探す会社がポスト名を打ち込むと、たちどころに女性候補者が現れる。登録者は3000人以上。私が会った同センターの事務局長は「取締役や管理職などトップにふさわしい実績のある女性は、いっぱいいるんです」と言った。 ノルウェー経済界は、こうした痛烈パンチに見舞われて、変わった。2003年、会社法に「取締役クオータ制」が加筆され、2008年から取締役会は女性を4割にせよと命じられた。 さて、わが日本。 女性をもてあそぶメールが公開されてもなお、選挙で圧勝した神奈川県の黒岩祐治知事。確か2015年、彼は女性が活躍するための啓発事業を始めた。そのポスターは、「女性が、どんどん主役になる」とのスローガンを掲げ、黒スーツの男性11人が仁王立ち。黒岩知事を真ん中に、カルロス・ゴーン日産社長、ファンケル社長、富士通社長、横浜銀行社長、資生堂社長…。 主役どころか「脇役でもいいから安定した職に就きたい」と願う女たちの境遇などどこ吹く風の、マウンティング・イメージだ。 マウンティングとは、動物界でオスが優位性を表すために使うしぐさのこと。人間界では、男性 が「どうだ」とばかり、上から目線丸 出しで女性に接する言動をいう。 マウンティングはまだ、ある。黒岩知事を真ん中に、「女性活躍応援団」と称する男性社長15人衆が座っているチラシ。社長たちは関連イベントの講師になって壇上から社員を啓発するのだとか。 4半世紀前のノルウェーのポスターで、取締役男性たちは笑いものになるのを承知

第117回 私のパンに私が塗ったバターは私のもの(ドイツ)

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3月8日、「画期的判決」のニュースがドイツから飛び込んできた。男性より7%賃金が低いのは女性差別だと訴えていた女性が、連邦最高労働裁判所の全面勝訴の判決を勝ち取った、という。 金属会社の営業担当スザンナ・デュマは、4年前、全く同じ仕事をしている同僚男性の給料が自分より月1000ユーロ、つまり7%多いことを偶然知った。彼女は会社側に格差是正を求めた。らちがあかなかったので、ドレスデンの労働裁判所に提訴した。しかし、1審、2審とも敗訴。「賃金格差は性差別に基づくものではない。賃金交渉力の差によるものだ」とする判決だった。 ■ 2021年、エアフルトにある連邦最高労働裁判所に上告。スザンナ側は「交渉力で格差が決まるのはおかしい」と主張した。 今年2月16日、同裁判所は「男性が交渉力に優れているからといって、男女賃金格差を合理化することはできない。これは『性による差別』である」と判定した。そして「会社は彼女へ、差額1万5000ユーロと慰謝料2000ユーロ(計約250万円)を支払え」と命じた。7%の格差をゼロ%にせよと言ったのだ。根拠は、EUの男女同一価値労働同一賃金の指令と、その国内法「ドイツEU機能条約157条」だった。 離婚後3人の子を育てるスザン ナは、「勝利は娘たちと全ドイツ女性のもの」と歓喜し、「あなた のパンにあなたが塗ったバターを誰かにかすめ取られるようなことを許してはダメ!」と女たちを鼓舞した。 ■ さて、今日のポスターは、2004年夏、ベルリンで入手した。ドイツ統一サービス産業労働組合(通称ヴェルディ。専従職員3000人、組合員200万人、うち女性が100万人以上。ドイツ最大の女性組織)が作成した。ヴェルディの重要な目標のひとつである「男女同一価値労働同一賃金」を訴えている。 ヴェルディの「女性とジェンダー平等」部代表アレクサ・ヴォルフスタッターは、ポスターの趣旨について私のメールでの質問にこう答えた。 「私たちの最大のテーマは、今も昔も、男女同一価値労働同一賃金を勝ち取ることです。このポスターは2004年の国際女性デーに使われました。女たちは『男女平等機会』『年金拡充』『不安定雇用禁止』『全被雇用者への社会保障』『仕事と家庭の両立』といった旗を掲げています。20年前のテーマは今もちっとも古くない。現在ドイツの男女賃金格差は18%もあるの

第116回 賃金男女比100対75から100対83へ(スウェーデン)

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昨年12月5日、北欧と日本の女性労働に関する国際会議があった。ハイライトは、世界で最も男女格差の小さな国アイスランドのヨハネソン大統領のスピーチ。熱血フェミニストを妻に持つ、バツイチ男性だ。 「1944年の学校では、男の子なら『あなたが大統領だったら何をするか』、女の子なら『大統領の妻だったら何をするか』と質問されました。それから30年後の1975年10月某日、アイスランドの女たちは職場でも家でも働くことを一切やめる“女のゼネスト”を行ないました。女性がいかに社会に貢献しているかを男性たちにわからせるのが目的でした。このストの5年後に初の女性大統領が誕生しました」 次に、こうも述べた。 「僕 自身、5回も育休を取ったんです。女性がチャンスを奪われるということは、人口の半分が苦しむのですから、 社会全体が経済的に苦しむといえます。『育児休暇制度』や『男女同一価値労働同一賃金のための法律』は、今のアイスランドではかなり進みました。しかし、セクハラもDVもまだありますから、完璧ではありません。私たちは性差別のない社会へと、意識して、立ち向かっています」 今日のポスターは、アイスランドも加わる北欧5カ国の中で兄貴分にあたるスウェーデンの男女平等オンブズマンが2000年に作った。「男女同一価値労働同一賃金」を訴え、「女性より25%多く稼いでいるのは、どのジェンダーですか?」とある。 スウェーデンは、2008年に差別禁止法ができて、それまでの男女平等オンブズマンが差別禁止オンブズマンに変わった。性、人種、出身、宗教、障害、性的指向、年齢など多岐にわたる分野の人々の差別を禁じた。雇用ばかりでなく、社会現象の全てが対象だ。そのかいあって、男女賃金は100対83まで改善することができた。でも、アイスランドはさらにその上を行って100対89だという。大統領の意気軒昂さ、なるほどと思った。 さて、わが日本。冒頭の国際会議のパネリストの一人だった私は、OECD「世界ワースト2位」日本の男女賃金格差が縮まらないのは、女性差別のほかに非正規差別があるからだと訴えた。非正規労働者は2000万人以上で、雇用女性の54%だ。賃金は男性正職員を100とすると、女性正職員が70、女性非正規はなんと42なのだ。 私は、怒りを込めて発言した。終わってからフィンランド大使とイギリス大使館