第115回 あなたは久布白落実を知っていますか(日本)






公娼制度とは国家公認の買売春制度だ。ギリシャ・ローマの昔から存在し、世界に蔓延してきた。

19世紀、ノルウェーの画家クリスチャン・クローグは、「警察医務室前のアルバーティン」という名画を残した。少女アルバーティンが、性病検査のため警察官に促されて医務室に入ろうとしている瞬間を描いたものだ。絵のほぼ全てを占めているのは、定期検査を受けにきた売春婦たちである。

作家でもあるクローグは、同時に小説『アルバーティン』を出版。女性が貧しさゆえに売春婦とならざるをえない社会を告発した。お針子アルバーティンは、夜なべをして一心不乱に働けど、お金は全て病気の弟の薬代に消えた。ある日、警察官に騙されて酒を飲まされて強姦される。そして自暴自棄の彼女は売春の道へ…。1886年のことだった。


小説は、道徳心を損なうとの理由で発禁処分とされた。国家の偽善に憤った1人のジャーナリストが小説の中身を街頭で演説して回った。新聞は売買春の論争を組み、絵画の人気はうなぎ登り、公娼制廃止の声は国を揺るがすほどになった。

1887年1月、労働組合、論壇、女性団体などが首相官邸前で抗議デモをした。その数5000人! 首相は公娼制撤廃に踏み切った。

40年後の1928年春。矯風会の久布白落実(1882〜1972)は、エルサレムの世界宣教会議に参加し、その足でノルウェーを訪れた。オスロの国立美術館で絵画「警察医務室前のアルバーティン」を目の前にして、その絵が人の心を動かして公娼制を葬ることになったと聞かされた。

久布白はノルウェーで、売春から脱出した女性たちが入居し、手に職をつけるホームの充実ぶりもつぶさに観察した。ノルウェーと日本のホームを比較して「ノルウェーは年3万6000円すべて公費、日本は年3000〜4000円で公費ゼロの全額寄付」と書いている。


久布白たちの公娼制廃止運動は連戦連敗。ノルウェーから帰国した久布白は、日本の津々浦々を回って公娼制廃止と女性参政権獲得に熱弁をふるった。公娼制廃止運動が盛んだった秋田県では「第1回公娼廃止大演説会」を開き、1000人を前に講演した。戦後は3度、国会議員選挙に立候補したが、全て落選。だが、運動家として、売買春禁止の法制定に奔走し、ついに1956年5月、売春防止法を誕生させた。

今日のポスターは、売春防止法制定5周年を記念して1961年に日本政府がつくった。いかにもやる気のなさそうなデザインである。久布白落実は落胆の叫びをあげたに違いない。

(2023年2月10日号)


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