第96回  コペルニクスは女だった?(ポーランド)


ポーランドの首都はワルシャワだが、16世紀まではクラクフが首都だった。この古都はユネスコの世界遺産第1号である。

2019年3月のこと、クラクフ市役所前の美しい広場に、『クラクフは女性だ』と題された巨大なポスター5枚が掲げられていた。

女性の権利のために闘ったクラクフの歴史上の女性たちが、写真入りで解説されていた。ところが最終の5枚目には、世界の偉人中の偉人コペルニクスがこちらに向かってウィンクしているではないか(ポスター左下の円形写真)。

エーッ、なんだこれは! と驚いて解説を読むと、こう書いてあった。

「SF映画『セックスミッション』によれば、コペルニクスは女性だったとされています。コペルニクスは地動説を唱えた天文学者ですが、『彼女』はここクラクフを故郷とし、クラクフ大学で学びました」

私はクラクフ市役所に直行した。担当職員ユスティナが現れた。

「あなたのような反応があると、とてもうれしいです。女性の問題は、このように奇抜なアイデアをこらさないと、歴史に埋もれてしまいます。『クラクフは女性だ』のポスターは、昨年、女性参政権獲得100周年を迎えた我が国を祝って、市長が音頭取りしました。企画したのは私たち2人、市長付職員です。故郷の英雄コペルニクスは、目をとめていただくために考えつきました。彼、いや『彼女』(大笑い)の写真はトリンの大聖堂にある画像を、特別な許可を得て左目がウィンクしているように加工したのです」

ポスターのサイズは大きくて、コペルニクスが通行人に挨拶するかのようにできている。世界中からクラクフにやってくる観光客も、当然足をとめる。

聞けば、SF映画『セックスミッション』(1984)は、共産主義時代のポーランドを風刺したコメディで、上映1年間で観客数が100万人を突破。数年後に公開されたロシアでは4000万人が見たという。伝説的な映画なのだ。

男2人が目覚めたら、そこは女ばかりの帝国。男性は絶滅したはずなのだが、2人は何かの拍子で生き延びてしまった。査問にかけられて「コペルニクスは男ではないのか」と叫ぶと、帝国の幹部女性が「それは間違いです。コペルニクスは女です」と断じ、彼等を断罪する。

「共産主義こそ真の革新。労働者に繁栄と解放をもたらす」と、共産主義政権は国民に断じて、異論を許さなかった。ポーランドの人々は、映画に同じような嘘と教条主義を読み取って、大喝采を送ったのだそうだ。

2021年7月10日 

 

コメント

このブログの人気の投稿

第121回 男性ホルモンに毒された屁理屈で戦争は始まる(アメリカ)

第123回 「死に票なしの社会」とは(ノルウェー)

第114回 女性への暴力がなくなる日まで(台湾)