第81回 2020年4月10日 130年前にボローニャでトキの声(イタリア)


 

コロナウイルスが猛威をふるうイタリア。3月30日時点の感染者は9万7千人超、死者は世界最多の1万779人!

中でも猖獗(しょうけつ)をきわめるボローニャやミラノは、イタリア女性解放運動の祖として名高いアンナ・マリア・モッツォーニ(1837~1920)と縁の深い土地であることを思い出した。

時は1890年1116日(日本の江戸時代末期)。ボローニャにおいてモッツォーニはおそらくイタリアで初めて、フェミニズムに関する大演説をした。演題は「家族、町、国家における女性」。

古色蒼然たるポスターは、デザイン性豊かな現代のものとは趣が異なるが、歴史的演説会を広報するための並々ならぬ力感が伝わってくる。

「ボローニャ市民よ、人間の発展にかかわる最重要テーマを取り上げた、この新企画を評価してくれることを願う」

「今日午後2時半、公証人の場」「入場券 1人40チェント」「収益は、女性、貧しい家庭の人々を解放するための社会基金に使われる」「切符は、今日10時から12時まで、労働者協会(ソチエタ・オペライア:社会主義運動発祥の場)の図書館メインホールで取り扱う」

実は、アンナ・マリア・モッツォーニの名はイタリア人にも長年知られていなかった。それを世に出したのは、1970年代の女性運動家たちだった。

ボローニャの演説では「家では夫や父の支配下にあり、町では納税義務はあっても何の権利もなく、国家には意見を言うこともできない、それが女性である。女性たちよ、参政権を勝ち取ろう」と訴えたと研究者が公表している。

アンナ・マリアはミラノの貴族家庭に生まれて、5歳で全寮制の学校に入れられた。しかし偏狭な教育に我慢できず家に逃げ帰る。後は独学で、ジュセッピ・マッツィーニ、ジョルジュ・サンド、シャルル・フーリエなどを読み、女性の仕事は家事とされていた伝統に抗い、自由・平等を掲げるイタリア統一運動に傾倒していく。

1864年、27歳で『イタリア民法における女性とその社会的関係』を出版。

1877年、イタリア女性の参政権を求めて署名運動に立ち上がる。

1879年、ジョン・スチュワート・ミル著『女性の解放』をイタリア語に翻訳し出版。

1881年、女性参政権運動で共和主義者、急進主義者、社会主義者と手を組む。「女性の利益推進同盟」をミラノで創設。そして、こんな言葉を残した。

「女性の手に持つ、そのペンが、抑圧されている人たちへの大義のために使われないのであれば、何のためのペンか」

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