第61回  夏だ、女性博物館に行こう(ノルウェー)


「ダグニ・ユールの屋敷が取り壊されるらしい」。

1980年代、オスロ北東約100キロにあるヘードマルク県コングスヴィンゲル市に住むカーリ・ヤコブソンたちの耳に、こんなうわさが入ってきた。

カーリたちは、長年、地元の女性史を掘り起こしながら、コングスヴィンゲル博物館で年に1回のペースで展覧会を開催してきた女性グループだった。

ダグニ・ユール(1867~1901)は、コングスヴィンゲル出身だが、オスロ、ベルリン、パリ、クラコフなど世界を股にかけて生きてきたピアニストで作家だ。男を誘ってはカフェに行き、酒やたばこを楽しむなど、その時代のあるべき女性像とはかけ離れたボヘミアンだった。

没後も、脚光をあびるのは彼女の自由奔放な私生活ばかり。それを、カーリたちはフェミニストの視点で批判的に洗いなおし、優れた業績を顕彰する作業を続けていた。

「壊されるなんてたまらない。私たちの手で女性博物館にしよう」と声をあげた。計画は進み、1989年、コングスヴィンゲル博物館が買い取ることになった。屋敷の破損がひどく、改修工事には6年かかった。

1993年夏、改修工事は終わっていなかった。だが、カーリたちは、館内に展示可能なスペースを見つけて、「女性博物館 第一回企画:ヘードマルク女性たちの作品」展を強行した。

ポスター中央に描かれた邸宅が女性博物館である。そこを目がけて、時代や職業や年齢を越えた女性たちが押し寄せている。スキーをする女性、ヴィクトリア時代のドレスに身をつつんだ女性、エプロンをした女性、ビジネススーツの女性…。共通項は、手に原稿用紙とペンを持っていることだ。タイプライターも見える。「男性の歴史に隠れた女性の生活と仕事」を記録させようという情熱をデザインしたものだ。

反響は大きかった。

1995年にはソニア王妃を迎えて開会式を行なった。1998年には国立博物館として認定され、カーリ・ヤコブソンが館長になった。2000年には「カミラ・コレットの笑い」を企画した。カミラ・コレットは元祖フェミニスト作家で、ノルウェー紙幣に登場した初の女性である。女性参政権獲得100周年の2013年には「当時の声、今の声」。女性議員ゼロの時代から女性議員40%になった今日までの政治史が、博物館にふさわしい芸術作品群で表現された。

今夏の特別展は「行間を読め」。世界を揺り動かした#Metoo運動がテーマだ。セクハラ根絶を願うポスターが、9月1日まで部屋いっぱいに展示されている。

2018年8月10・25日

 

 

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