第18回  現代版ソールヴェイグ(ノルウェー)

このポスターは、今夏、オスロの国立劇場に貼りだされた「ペール・ギュント」のPR写真だ。

「ペール・ギュント」は文豪イプセンがつくった1876年初演の演劇で、グリークの名曲にのせて世界中で上演されてきた。でも、劇の主役の1人ソールヴェイグは、自分勝手な男ぺール・ギュントをひたすら待ち続ける従順な女性で、私は、こんなノルウェー版「蝶々夫人」が好きになれなかった。

その私に、オスロの国立劇場で上演される「ペール・ギュント」の無料切符が転がり込んだ。

国立劇場の舞台にはテレビカメラが何台か置かれ、ディレクターに扮する女性が、観客の私たちに向かって何やら指示している。観客全員が、テレビのトークショーのギャラリーという設定だ。

ペール・ギュントは50歳。世界を股にかけた冒険を終えて2014年の豊かなノルウェーに帰国した。そこは政治への怒りなどかけらもない社会だった。

トークショーのスタジオに現れたペールは、自らの破天荒な過去を振り返る。イプセン劇でおなじみのトロール(ノルウェーのお化け)の世界…おや、おや、ノルウェー人なら一目でその人とわかる扮装で、トロールが首相(保守党党首)、財務大臣(進歩党党首)、大ホテルチェーンのオーナーに化けて出てくる。現役政治家を手玉にとった風刺劇に、客席はわれんばかりの拍手喝采。

虚構と虚飾の中のただ一つの真実は、ソールヴェイグの存在だった。演じたのはポスターの右側にいる黒人女性アミーナ・サワリ。ソールヴェイグに黒い肌の女性が抜擢されたのは世界初だという。

斬新なのは、現代のソールヴェイグが、恋人ペールの帰りを待ちわびていなかったこと。美しくて力強い歌声の彼女は、舞台から客席に降りると、「私の好きな道を行きます」と軽やかに消えていった。

アミーナ・サワリはウガンダ生まれの移民で弱冠21歳。心理学を専攻する大学生で、シンガーソングライター、俳優、詩人。

今夏の衝撃デビューは、反人種差別運動や女性解放運動と深く結びついていた。「クイーンダム」という団体で活動。彼女はノルウェー各地の学校を巡業しては子どもたちに作詞作曲の楽しさを教えてきた。

「クイーンダム」は、キングダム(王国)をもじった造語で、アフリカ系ノルウェー女性芸術家グループだ。「反逆精神と自尊心を大事にしてユーモアと詩と音楽で社会に影響を与えよう」をスローガンに、1999年オスロで結成された。

根っこには「アフリカから来た売春婦の役をやってもらいたい」「あなたのノルウェー語は洗練されすぎて…少し粗野に話せないか」などとテレビ局に言われてきたアフリカ系女性たちの差別体験がある。つまり、アフリカ系女性の怒りが、彼女の才能を開花させたといえる。

2014年9月10日

 

 

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